◇10月26日・トランジットに気をつけて!◇



 翌朝、8時50分までにフロントでチェックアウトを済ませ、9時に玄関前に到着したシャトルバスに乗って一路成田空港へ。
 空港内での集合時間は9時20分。ここで直接空港に来た方々と合流、添乗員の説明を聞いて一旦解散。買い物等を済ませ10時40分迄にゲート前ロビーへ集合となる。
 どうやらこのツアー、大量のお客を集める事で安く(地元出発でバスの送迎付き、料金159800円という激安価格)組んだものらしく添乗員は3名、各添乗員のそれぞれの受け持ち人数が40名という大所帯で、国内線の飛行機ならツアー客だけで満席になりそうな人数である。
 そしてABCの各グループに分かれ、担当の添乗員に従って行動するよう指示されたのだが……、我々Aグループについた添乗員は、悪い人ではないのだけれど残念ながら少々気の利かない方だった。
 最初の海外旅行であるイタリアの時の添乗員が、キビキビしていて且つ痒いとこまで手の届くタイプだったせいか、はたまた彼女が優秀なプロフェッショナルでありすぎたせいか、どーしても些細なアラが目立つ。説明不足や前言撤回の多さ、もしくは言った事を忘れてるとしか思えない行動やら何やら……。
 私だけがそう感じてるのかなー、と思っていたら他の客の中でも不満を口にする人は何人かいたので、やっぱり少しばかり添乗員としては不親切な面もあったのだろう。
 例えば、イタリア旅行の時の添乗員の女性は飛行機に乗る前の段階で、「自分の席は○○です。ここに座っていますから何かあったら遠慮なく来て下さい」と我々に伝え、更に飛行中も各席を見回っては座席配置に不満はないか、具合が悪くなってはいないか等々、ツアーメンバーに尋ね歩く気配りの人だった。
 これに対して今回のツアーの添乗員の男性は……、まず担当する我々Aグループの客に自分がどの席にいるか教えなかった。そして、一度も客の座る席へ見回りに来なかった。 実は彼は前日のホテル宿泊の際も、自分の部屋の番号は教えなかったのだ。後でわかった事だが、こちらから積極的に聞けば一応教えてくれるのである(質問した当人には)。
 つまり、聞かれない事はわざわざ言わなくても良い、と考えてる人だったのだ。まぁ、私も気配りには欠ける性格であるし、他人様のやり方に難癖付けたくはないのだが、でも添乗員の場合、お客第一、というか(海外旅行に不慣れな)お客の立場で物事を考えねばまずいと思う……。うん。
 おかげで、余計なトラブルが起きたりもしたのである。
 今回のツアーは直接スイスのチューリッヒ空港へ向かうのではなく、一旦フランスのシャルル・ドゴール空港に降りて乗り換え(トランジット)するのだが、フランスという国は入る際、滞在日数や宿泊先を記した書類を提出せねばならないのだ。むろん、乗り換えだけの客は空港の外へ出ないのだから書類記入の必要はない。が、その説明が我々には一切なされていなかったのである!
 考えればわかる事だから説明の必要なし、と彼は思ったのかもしれない。だがしかし、ツアー客の何名かは、海外旅行これが初めて、今までは温泉旅行しか行ったことないわ、のおばさん達なのだ。パスポートや大金の入った財布を入れたバッグを平気で椅子のポケットに突っ込み、あるいはテーブルの上に置いたまま眠ったり席を立ったりする、極めて日本人な方々なのである。心配で見張っていた私は(いや、一応その人がトイレに立った時注意したのだけど、無駄だったので……)空港に着くまでの12時間、一睡もできなかったくらいなのだ。
 これに加えて、我々がツアーのメンバーでフランスで乗り換えするのだという事が、スチュワーデス(あ、今は違う名称で呼ぶんだっけ? ま、いいや。馴染みのある方で通そう)にも伝わっていなかったから話はややこしい。
 それでも相手が日本人のスチュワーデスなら、対応は違ったかもしれない。おそらく日本人であれば、「ツアーのお客様ですか? では添乗員の方を捜して、書類手続きが済んでいるかどうか聞いてきますので、少々お待ち下さい」となっただろう。
 だが、フランス人のスチュワーデスはそうはいかなかった。「まだ書類を受け取っていませんか?」「フランスに着く前に記入が必要です」の一点張り。添乗員さんに聞いてもらえないかと言っても、「どこにいますか? 私にはわかりません」の一言である。
 ま、そりゃそうだ。こちらも席がどこか知らないんだもん。
 そんなこんなで書類を書けと押しつけられた我々ツアー客は、ない頭をひねって記入するはめになったのだが……、これが何とも大変だった。
 まず書類の質問事項だが、当然ながら日本語では書かれていない。それでもたぶんこういう意味かなー、ぐらいは何となく読み取れて、記入を開始したのであるが……。
 まず名前と姓。これはローマ字で書ける。生年月日の記載欄もOKだ。最初に生まれた日、次に生まれた月、最後に生まれた年(西暦)。住所も、何とかローマ字で記す事は出来る。
 しかし、「貴方の職業は何ですか?」という意味合いの質問である事は読み取れても、それに対して英語で答えを書ける日本人は何人いるだろうか? そもそも製造業に従事する人間の事を、英語で何と言うんだ? 私には習った記憶がないぞー。
 基本的な単語がわかっていないのに、記入できる訳はない。ペンは、そこでピタリと止まった。先へは進めなかった。記入途中の書類は足元に置かれた手荷物のバックに押し込められ、二度と取り出される事はなかったのである。ちゃんちゃん★
 そして同じ列の座席に着いていた、夫婦で同ツアー参加の年配の男性は、「今までこんな物を書かされた事はない! いつも旅行会社が代行していたのに今回は何だっ! 金は払っとるのにけしからんっ!」と怒り出し、席を立ってしまった。
 うーん、でもでも料金に含まれていて、旅行会社が代わって記入するのはチラシを見た限り成田出発の際の出入国カードのみなはずですけど、私、そちらも普段は自力で書いてますけど、……とは思ったのだが、声はかけないでおいた。触らぬ神に祟りなし、だもんね。
 その男性客は飛行機内を見て回り、とうとう添乗員の男性を発見。書類についての説明を求め、そこでようやく「皆さんはトランジットですから、入国審査の書類に記入する必要はないんですよ」と言われたそうな。……先にそれを言っておいてくれよ、と皆が脱力したのは言うまでもない。
 おかしいなー、と思っても私達は海外旅行に精通していない。必要です、とか記入して下さい、と乗務員に言われたらそうなのか? と押し切られてしまうのだ。だから事前の説明が欲しかった、というのが素直な本音。けれども我々の担当添乗員は、一事が万事この調子だったのだ。うむむっ☆
 そしてスイスにPM10時40分(日本時間AM5時40分)到着し、空港で流れてきた荷物を受け取った時、私の荷物からは錠が消えていた……。チャックを閉めた位置も大きくずれていた。
盗まれるような物を入れていなかったのは不幸中の幸いだけど、結果として私はその後荷物をポーターに預ける事が出来なくなり、常に自分で部屋へ、もしくは部屋からロビーへと運ばねばならなくなったのである。あうあうっ! あの物騒なイタリアでもこんな事はなかったのにーっ!
なんだかなー、と溜め息をつきつつ、カードキーを渡されてホテルの部屋へ向かう。スイスのベルンで泊まったホテルは、部屋の鍵がハイテク化されていた。ドアの脇の壁にあるボタンを押すと赤ランプがつき、カードを近づけると緑のランプに変化する。で、その緑のランプがついてる間なら鍵は解除された状態でドアが開く、というものだった。もちろん、一枚のカードは特定の一室の鍵にしか通用しない。合鍵はなしである。SFによくあるアパートメントの扉みたいで、なかなかに楽しい。

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