◇10月30日・今日でお別れ、ドイツの寿司は激高だっ!◇



 ドイツ滞在最後のこの日は、朝食後晩秋の陽光を受けながらライン河下りを楽しんだ。全方位の景色を楽しむには甲板の上に出るのが一番なのだが、さすがに30分も外の風に晒されてると体が冷える。思わず生理的要求に駆られ、階段を下りて2階のトイレへと駆け込んだ。
 さて、船の中のトイレを使用する際は、ドライブインのトイレ同様50ペニヒ(25円)のチップを支払わねばならないのだが、払わず逃げちゃう女性の多い事。真面目に皿の上にコインを置いた自分が虚しく思える程だった。
 乗船した船の1階の席は無料だが(ただし、景色はよく見えない)眺めの良い2階席は有料で、座ったら何か注文しなければならない。皆がワインやビールを注文する中、私が頼んだのはアイスショコラである。1杯6.8マルクのそれは、名前からして飲み物なはずだった。はずだったのだが……。
 やがて運ばれてきたアイスショコラは、パフェの間違いではないかと聞きたくなるぐらいの大量の生クリームが、ソフトクリームの如く高く盛られていた。ううっ、信じられなーいっ! アイスショコラって、飲み物じゃなかったのーっ?
 幸い、その生クリームはあっさりした甘さで、山盛りの量でも何とか処理できたのだった。しかし、ライン河下りの後半を景色も見ず生クリームをパクついていた私って……あぁ情けない。ドイツまで来て何やってるんだか。
 古城のレストランで昼食を取り(でも主食はやっぱりジャガイモだった)、リューデスハイムの街で書店やパン屋の中をぶらつきショッピングをし、アイスワインと貴腐ワインという高級ワインの試飲を由緒あるワインの専門店でさせてもらった後、雨が激しくなる中バスは我々をフランクフルト空港へと運んだ。いよいよこれで、ドイツともお別れである。
 フランクフルト発成田行きの便は、台風により2時間遅れるとの事だった。うーん、2時間もどうやって時間を潰そうか、と考えていたところへ、乗客を降ろして去ったはずのバスの運転手の青年が駆け戻ってきた。手には男物のウエストポーチ。どうやら、バスの棚に忘れ物が残っていたらしい。念の為全員が降りた後の車内を点検して発見したのだろう。本当に真面目な人である。
 しかも、ウエストポーチの中身は金の入った財布とパスポートだったのだ。マレーシアを旅行した際に聞いた話だが、日本人のパスポートは1冊あたり3百万円で取引されるそうである。それだけ高額の闇値がつく代物なのだ。
 だのに彼は、それを正直にわざわざ届けてくれたのである。ドイツの運転手の青年は、実に善良であった。無口で無表情で無愛想であるが、しかし生真面目で善良であった。
 この感動的一幕の後、私は夕食をとるべく空港内の寿司バーなる店へ立ち寄った。ジャガイモとソーセージと酢漬けキャベツの食事にうんざりしていた精神は、寿司とソバという懐かしい文字に吸い寄せられてしまったのである。
 だが、当然の事ながらドイツで食べる日本食は高かった。一杯のきつねうどんに750円も払うなど、日本にいたら絶対にやらなかったろう。でも食べた。高いと思いつつも食べた。それ程和食に飢えていたのだ。然るに、うどんとして出された麺は、何故か名古屋のきしめんだった……。
 ちなみに寿司は、馬鹿高くて手が出なかった。いくら和食に飢えていても、私は冷凍食品のいなり寿司1個に250円は払えない。蒸しエビの握り1個に、300円出すのも無理である。
 が、同ツアーのおばさんは注文して食べていた。どうしてもご飯が食べたかったのよ、と彼女は後で漏らしている。日本人は、やはりお米と離れては生きられないようだ。毎日ジャガイモを食べ続けて、実感した。お米は食べ続けても飽きないのだ!
 そして夜中にドイツを発ち、乱気流による揺れの為 時間の殆どをシートベルト着用させられたまま、トイレに立つ事も許可されず過ごし、更にバスに乗る事8時間、へろへろで帰宅したら、ニュースがシンガポール航空の事故の模様を映していた。
 死者の方々の御冥福をお祈り致します。そして我が身の幸運に感謝を。私は、おそらくほんの少しのズレで、災害に巻き込まれず済んでいる。そう、しみじみ感じる今日この頃です。みやげ話には程遠かったかもしれないけど、今回はこんなところで☆



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